Synergyシナジー

Synergy

ユーザ視点の「デザイン思考」で実現した返品サービスの利便性向上

  • 日本郵便株式会社 郵便・物流営業部
    営業システム担当
    係長 宮永 朋彦(中央左)
    主任 住本 裕一(左)
  • 株式会社モンスターラボ
    常務執行役員/デリバリー統括責任者
    宇野智之(中央)
    サービスマネージャ 久良木慎二(中央右)
    DXコンサルタント 梶山雅生(右)
まえがき

まえがき

「e発送サービス 宛先ご指定便」

2022年2月に日本郵便株式会社が開始したサービスである。個人が二次元バーコードを使って簡単に荷物を発送できる「e発送サービス」の仕組みを利用して、返品・回収などを行うことができるサービスである。

背景には、EC市場の拡大に伴い、ECサイトの利用者が商品の交換・返品や、サブスクリプション型(定期購入型)のサービスでレンタルした商品を返送するなど、「個人が直接ECサイト側へ返送する」ケースが増えてきたことがあった。

この「e発送サービス 宛先ご指定便」の開発を行ったのが、モンスターラボホールディングスの日本における事業会社、株式会社モンスターラボである。

そして、株式会社モンスターラボの出資者には日本郵政グループの日本郵政キャピタル株式会社が名を連ねており、今回の連携のきっかけを作っていたのだった。

はじまりは、ボトムアップ

はじまりは、ボトムアップ

インタビュアー: 日本郵便株式会社のサービス開発と聞くと、トップダウンの号令から始まり、何事も大がかりで、開発もいわゆるウォーターフォール型(要件に沿って、決められた順序で進めていく開発手法)だという印象が個人的にはあるのですが、実際はどうだったのでしょうか?

日本郵便株式会社 郵便・物流営業部 営業システム担当 係長 宮永 朋彦: 日本郵便の規模の大きさから、そのように想像される方も多いと思いますが、この施策はトップダウンではなく担当レベルの構想から実現まで進みました。

今回の「e発送サービス 宛先ご指定便」を開発するに至ったきっかけの一つは、成長するEC市場の伸びやサービス体系の多様化に伴い返品・回収をいかにスムーズにユーザに提供できるかというところが、はじまりでした。返品・回収の物流ニーズが高くなっていることは当社の営業サイドからも聞いていました。

従来の返品方法としては、商品の購入者等個人に「着払伝票 」を手書きで書いてもらい返送する形が一般的でした。

日本郵政グループでは、2021年5月に「JPビジョン2025」を発表し、将来戦略を示しております。その中で、郵便・物流事業の戦略として「デジタル化された情報に基づくオペレーションの効率化を進めるとともに、お客さまにとっての差し出しやすさ・受け取りやすさを追求します。」と宣言しております。「着払伝票」での運用は、ECサイトとユーザ(お客さま)の負担はもちろん、当社にとっても負担が大きいため、より差出しやすく、受け取りやすい運用にできないかという思いが担当としてもありました。

そして、今回開発したサービスは、導入が容易です。シンプルに導入しようと思えば、発送申込画面へのURLリンクをサービスページに貼るだけで利用できるため、ECサイト側の技術負担やコストも下がりますし、結果、「e発送サービス 宛先ご指定便」を広めていく際の営業活動がしやすくなるという効果もありました。これもボトムアップだからこその結果だと思っています。

日本郵便株式会社 郵便・物流営業部 営業システム担当(インタビュー時点) 主任 住本 裕一: 当社の郵便・物流営業部では、法人・個人、両方のお客さまを担当しておりますが、ここ数年はフリーマーケットサイトの隆盛で、個人からの発送が急激に増加しているという認識をもっております。

そのような経緯から、フリーマーケットサイトを利用する個人ユーザからの発送に対応する仕組みについては、2017年6月から「e発送サービス」を開始し、お客さまにサービス提供を行っております。このような中で、同様に個人ユーザが発送する「返品」にもこの仕組みを活用できないかというアイデアが生まれました。

また、サービスの提供にあたっては、サイトのデザインが個人ユーザにとって使いにくい複雑なシステムにはしたくありませんでした。そのため知見のある企業に提案型の入札に参加いただきたいと検討していたところ、同じグループ内の日本郵政キャピタルからモンスターラボを紹介されたのです。まさに渡りに船でした。

モンスターラボが「提供する価値」

モンスターラボが「提供する価値」

インタビュアー: ウェブサイトやアプリケーションを開発する会社や組織は、それこそ「星」の数ほどあると思うのですが、その中で、今回モンスターラボがパートナーに選ばれた理由だとお考えになられている点や、クライアントに対して価値提供する際に重視されている点についてお聞かせください。

株式会社モンスターラボ 常務執行役員/デリバリー統括責任者 宇野智之: モンスターラボが提供するのは「開発」ではなくて「チーム」なんです。さらにいうと「チームビルディング」も含めて提供しています。そして、開発するのは「サービス」だけではなく「体験」も、です。

モンスターラボでは「ターゲットとしている顧客の行動変容」を重視しています。クライアントと一緒に仮説を考え、体験を設計していきます。設計の際はデザイン思考(デザインシンキング)や論理思考(ロジカルシンキング)を使いながら具体化していきます。もちろん仮説が全て正しいとは限りません。きっちり観察して仮説の検証を行います。

日本郵便は「とにかく物流量が多い」クライアントですが、今回のプロジェクトでの手書きのインターフェイスを含め、それ以外でもアナログで動いている部分が多いと感じました。同時にテクノロジーが介在できる部分が大きく、モンスターラボが提供した価値がアウトプットに及ぼす影響も多大だと率直に思いました。

話しが戻りますが、モンスターラボが提供するのは「チーム」です。ビジネスですからクライアントからの依頼という受発注の関係は存在しますが、モンスターラボのメンバーは「自分たちのものづくり」という感覚でプロジェクトに臨んでいます。手前味噌ながら、このあたりも含めてご評価いただけたのではないかと感じています。

株式会社モンスターラボDXコンサルタント 梶山雅生: モンスターラボのモンスターは「Monster」ではなく「Monstar」。仏語の「Mon=私」と英語の「Star=星」を掛け合わせた造語です。関わるメンバーが、それぞれの星をみつけて目指して欲しいという意味が込められています。

私はDXコンサルタントとしてシステム開発に関わっていますが、実際の開発には海外にいるエンジニアが参画することもあります。今回はベトナムチームが加わりましたが、彼らも単に言われたものを作るだけでなく、一緒に課題整理もします。これはモンスターラボが共通の価値観(Monstar)を持っているからこそ、出来ることだと考えています。

モンスターラボにとっては「e発送サービス 宛先ご指定便」のサービス開始が終点ではありませんでした。むしろ 起点とも言えるかも知れません。サービス開始後も、今現在、チームとして伴走し、サービスレベルのより一層の向上にコミットしています。

「デザイン思考」で課題解決

「デザイン思考」で課題解決

インタビュアー: デザイン思考(デザインシンキング)という言葉が出てきました。物流業界では人手不足が叫ばれて久しいですが、今回のプロジェクトにおいて、デザイン思考によって業務負担が減ることや、業務効率化が進んだ点や事例はありましたか?

株式会社モンスターラボ 宇野智之: まず、デザイン思考について補足させてください。ユーザ視点に立って商品やサービスの本質的な課題やニーズを見つけ、ビジネス上の課題を解決する思考法です。デザイン思考は「思考のプロセス」を表しています。描画や設計といったいわゆる 「デザイン」とは異なります。

環境変化の速い世の中では、ユーザの商品やサービスに対する要求の変化や、競合する商品やサービスの登場もしばしば起きます。明確な答えが与えられていない中で最適解を導き出すプロセスでもあるデザイン思考は、DX化の推進にも非常に相性が良いです。

余談ですが、今日現在(2023年3月)、検索サービスで「デザイン思考」と検索すると「デザイン思考」を解説しているモンスターラボのウェブページが上位に表示されます。

株式会社モンスターラボ サービスマネージャ 久良木慎二: デザイン思考においては、技術的側面との擦り合わせも当然、必要となります。「ユーザがしたいこと」を、そのままインターフェイスに実装すれば良いかと言うと、そうではありません。

今回のプロジェクトであった例を出すと、今では一般的ですが、郵便番号を入力したら住所が表示される機能についてユーザが意識しないでスムースに入力できるように試行錯誤を繰り返しました。

「検索ボタンをつけるか?」「自動で検索するか?」「検索表示の速さ」など機能面の議論の他に郵便番号が検索できないケース、修正入力の動きやメッセージの表示のタイミングなどユーザが自然にストレスなく入力できるようにインターフェースとロジックを実装しました。

 PCに比べ画面が小さく表示・入力領域の限られたスマートフォンでの利用を主に想定して、メッセージの表示位置や表示タイミングなどを一緒に検討し現在の形になりました。

日本郵便のユーザは全国民、1億2千万人です。種々様々な利用ケースが存在します。そういったケースも含めて、デザイン思考のプロセスも用いて解決していくわけです。

日本郵便株式会社 住本 裕一: 荷物を発送する際、送り状(伝票)を手書きで書くということは、ユーザにとって大きな負担です。「e発送サービス 宛先ご指定便」では事前に入力した情報を、二次元バーコードを使って簡単に発送できるようになったわけですが、物流事業者の視点から見てもと手書きの伝票ほど「引受け(ひきうけ)」の際の負担が大きいものはありません。

不鮮明な文字や誤字脱字があり、機械が読めるレベルを越えると、人手で目視して処理するしかありません。今回の「e発送サービス 宛先ご指定便」は顧客へのサービスレベル向上が目的でしたが、結果、物流事業者側の負担も逓減されるという効果も出ています。

全国に2万4千の郵便局があり、39万人のスタッフを抱える日本郵便の業務は多岐に渡ります。「e発送サービス 宛先ご指定便」以外にもデザイン思考で課題解決を図れる部分は、まだまだ多くあると思います。

日本郵便株式会社 宮永 朋彦: 物流の人手不足というと、輸送や配達の人手不足がまず想起されると思いますが、我々のようにシステムを担当する人員も当然、人手です。システム障害が起きれば夜中でも対応しなければなりません。システム障害の原因にはいろいろありますが、例えばアクセスが急激に増加することで処理が遅延したり、さばききれなくなるケースがあります。

日本郵便のシステム構築では、「オンプレミス」型といわれる、システムにかかわる機器を自社で購入し設置するケースもあるのですが、今回はクラウド型を入札の条件としました。クラウドでは、自社で機器を保有しないので、容量や処理能力を柔軟に変更することができます。

クラウドを利用したことで、ECサイト等顧客追加時におけるサービスの急増が想定されるタイミングで臨機応変に対応できることが可能となりました。今回はユーザに提供するシステムですし、処理量がコントロールできない可能性が高く、ECサイト等顧客追加時には利用想定量をモンスターラボにお伝えした上、チューニングいただいております。結果、このシステムで夜中に叩き起こされたことはありません笑。これも明確な答え(限界値)が与えられていない中で最適解を導き出すデザイン思考の知見とも関連していると考えています。

もう一点、「e発送サービス 宛先ご指定便」は返品・回収先のECサイトのシステムとも繋がっており、その先にECサイトのユーザがいらっしゃいます。当社のシステムに障害が起きると、データ連携の遅延やエラーが、接続先のシステムにも影響を及ぼします。そうなると、ECサイト側のシステム管理者が急な対応しなければならず、その先のユーザが窓口で荷物を出せなければ、当社の窓口社員の業務が滞るなど、ユーザ向けに提供するサービスでは、一つの障害が玉突きで雪だるま式に人手が必要になってしまいます。

せっかくECサイト、ユーザ及び物流事業者それぞれに負担の少ないシステムが構築できても、障害が多発すれば、むしろ負担は増えてしまいます。そうならないようにこのサービスでは、当社ではシンプルな設計を意識し、モンスターラボには技術的な側面からUI・UXに至るまでデザイン思考に基づいたサポートを行っていただきました。

クラウド、アジャイル、SaaS

クラウド、アジャイル、SaaS

インタビュアー: 今回の「e発送サービス 宛先ご指定便」では、サーバに「クラウド」環境を用い、開発は「アジャイル」型、外部のSaaSサービスであるTask管理ツール、デザインツールを使ったと聞きました。随分とモダンな仕組みを使っている印象を受けましたが、それらを選択された理由、導入にあたっての社内でのハードルについてお教えください。

サーバ:データ保管や情報処理を行う装置
クラウド:インターネット上に提供された環境
アジャイル型:小さい単位で改善を繰り返す開発手法
SaaS(Software as a Service):外部ベンダーが提供するサーバで稼働しているソフトウェアをインターネットなどのネットワーク経由で利用者が利用できるサービス

株式会社モンスターラボ 梶山雅生: さきほどの人手不足の対策とも関係しますが、日本郵便の顧客は日本の人口である1億2千万人、39万人のスタッフを抱え、郵便局は全国に2万4千あります。そのためサービスが利用された際の影響度があまりに大きいことから、システムの処理能力の限界を精緻に見立てることは、困難なため「クラウド」での開発は最適だったと考えています。

日本郵便株式会社 住本 裕一: 処理能力の限界を精緻に見立てることの困難さは、我々も他のプロジェクトで経験していましたので、「クラウド」を利用することは我々にも合理的でしたし、「クラウド」に関する知見が日本郵便内に多くはないので、モンスターラボ様のサポートがありがたかったです。元々日本郵便のシステム統制でもクラウド利用の制度が整備されていたこともあり、スムーズにリリース出来ました。

日本郵便株式会社 宮永 朋彦: 前述した容量や処理能力を柔軟にできる話にもつながりますが、その他のクラウドの利点として、リスクを低減する意味合いもありました。今回のような新規のサービスにおいては、大規模にシステムを構えたとしてもお客さまに利用してもらえなければ無用の長物になってしまいます。「オンプレミス」型の場合どうしても物理的な基盤の構築のために初期投資が多くなりますが、「クラウド」の利用の場合初期投資を抑えたスモールスタートができるため、今回のサービスに合っていたと考えております。

株式会社モンスターラボ 久良木慎二: 「アジャイル」と「SaaS」を利用することが出来たのは、まず日本郵便の理解が得られたことが大きかったわけですが、この二つはデザイン思考を用いるということとセットになっています。

「アジャイル」開発では、プログラムを実装して検証し、修正・改善を繰り返すわけですが、実装する内容はタスクに切り分けてタスク管理ツールに登録して管理します。

この管理ツールに登録された内容を日本郵便も含めた開発チーム全体で共有し、やる・やらないの、判断をし、優先順位を決めて実装を繰り返していくわけです。まさにデザイン思考のプロセスそのものになります。

結果、仕様書どおりにガチガチに作ることなく、ユーザ視点に立った開発が出来たと思います。

もちろん、アジャイル開発は万能ではありません。「アジャイル開発が適応する開発規模」が存在すると考えています。このあたりは、モンスターラボの知見の蓄積が存分に生かせたのではないかと思います。

この先にあるもの

この先にあるもの

インタビュアー: 最後になりますが、今回の「e発送サービス 宛先ご指定便」は、日本郵便とモンスターラボの連携の第一歩だったと思います。今後の連携やシナジーについての見立てをお教えください。

株式会社モンスターラボ 宇野智之: 日本郵政グループには、日本郵便の郵便・物流事業の他にも、ゆうちょ銀行の銀行や、かんぽ生命の保険といった金融事業もあります。物流にとどまらず、デザイン思考を用いて、あらゆるサービスの課題解決とユーザの利便性を追求していけると嬉しいですね。

物理的なインターフェイスでいうと郵便局という拠点にも注目しています。歴史的な経緯もあると思いますが、物流と金融が同居している珍しい空間です。ここにもデザイン思考が生かせる場所があるのではないでしょうか。

人の面では、デザイン思考を広めるための人事交流や研修などもやっていけると、モンスターラボの持つケイパビリティを日本郵政グループの知の解放に生かしていただけるのではないかと思います。

また、モンスターラボでよく「職務を越境せよ」と言います。たとえば、ユーザインターフェイスを開発するデザイナーがいれば、エンジニア領域にも意見するように促す、また、その逆も然りです。人的交流を介して、そのような企業文化含めて、日本郵政グループの成長に寄与することができれば、それ以上の喜びはありません。

日本郵便株式会社 宮永 朋彦: DX化は日本郵便でも大きな課題です。日本郵便は1871年に業務を開始しましたが、郵便番号が導入されたのは1968年です。当時は住所情報の一部を数字に置き換えるという、ある種のDX化が行われたわけですが、その後、インターネットが登場し、スマートフォンによって一人一端末の時代がやってきました。

事業者側が持つインターフェイスだけでなく、スマートフォンという端末を持つ顧客(ユーザ)側のインターフェイスについても意識して最良のサービスを提供する必要が出てきました。

DX化については、社員向け研修等がすでに始まっていますが、こうしてモンスターラボとチームで開発を行い、「明確なアウトプット」ができたのは、経験として何より大きいです。最先端を行くパートナーからこれからも知見を吸収し、「e発送サービス 宛先ご指定便」の利便性の向上はもちろん、それ以外の日本郵便のサービスにもこの経験を活かしたいと思っています。

最後になりますが、今回はモンスターラボとの橋渡しをしてくれた日本郵政キャピタルの存在も大きかったです。「e発送サービス 宛先ご指定便」に限らず、ユーザインターフェイスのデザインは仕様書に表現することが難しいものです。その痒いところを汲み取ってくれて、ユーザインターフェイスの設計にも強いモンスターラボを紹介してくれました。だからこそ、このスピード感でサービスをスタートできました。この勢いを落とさず、さらなるサービスを展開していきたいと思っています。

あとがき

あとがき

日本郵便は創業1871年、150年を越える歴史を持っている。創業者は歴史の教科書に出てくる前島 密(まえじま ひそか)。日本郵政のホームページよると、前島は「漢字御廃止之議」を進言し、ものごとを広めるには、難しいことを簡易化せよ、と言ったそうだ。

モンスターラボの創業は2006年。同社のホームページには「多様性を活かし、テクノロジーで世界を変える」と書いてある。

「e発送サービス 宛先ご指定便」は、まさに「難しいことを簡易化」するために「テクノロジー」が活用された。そこには150年の歴史をまたぎ、両者の思想の交点が存在しているような気がしてならない。

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